いのちは長さや質だけではない、深さを見つめ直すこと 米沢慧氏の講演から

生から死には、「行きのいのち」と「帰りのいのち」がある。「介護の社会化」とは何かを考える。

「介護」とは、『いのちへの配慮』として無条件に受け止め支えようとする力。これが保証されたときにはじめて「介護の社会化」と呼べる。
○食事ができなくなったら誰が食べさせてくれるのか。
○便尿を垂れ流しするようになったら誰が世話をしてくれるのか。
○自分が自分をわからなくなってきたら誰が寄り添ってくれるのか。
人間として一番恐怖に思うことに対して、向き合えること、それが「介護」である。

人が生きるサイクルは、死に向かって生きるというだけではなく、また、最後まで昇り詰め人生を全うなどと言われてきたが、実は、人には「往きのいのち」と「還りのいのち」があることが説明される。その中で、往きの医療やケアがあり、還りの医療やケアがある。
往きの医療には、負をもとに戻すこと、移植などがあり、還りの医療には、健康な部分に働きかけることや自然のあるがまま幸せに死ぬこと、緩和ケアの考え方などがある。往きのケアには、甘えを無条件に受け入れ、授乳飲食、抱くことであり、還りのケアには、いのちへの配慮、いのちの深さを受け止めるケアへと変わっていくこと。

そして、「介護のかたち」は、支える・支えあう構図から成り立つ。共感のコミュニケーションから成り立ち、ともにいる、そしてさらに第三者が隣にいる三角形で癒える関係が築かれる。患者⇔医者⇔看護師⇔患者などがその役割の象徴。相談機能の充実もその一つ。

今日本では「いのちの基本法」としていのちをどのように捉えるか理念を持つべきだと主張される。長寿社会の中で、帰りのいのちをどのように社会が支えようと考えるのか、そして、出産、育児、成長、青年期、成人、更年期、高齢になるというライフサイクルを見つめ直すこと、介護を受けることを隠さないこと、そして、質だけでなく深さも考える必要があるのではないかと締めくくられた。とても根本的な考え方を振り返る機会となった。

7月25日府中市「いきいきプラザ」まつりにて寄席で笑う。